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建築の覚書や豆知識、日々の事柄を書いています。
新年
明けましておめでとうございます。
除夜の鐘を聞いて年を越し、日の上らぬうちに何時もお世話になっている神様にご挨拶を致しました。


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氏神様へ、
参拝後は神社の境内で近所の方へ新年のご挨拶

そして日がの上り
何時もの様にお世話になっているお寺へ
御本尊様へご挨拶した後にお寺にあるお稲荷様へ

昨年の無事を感謝し今年もつつがなく過ごせるようにと
今年もよろしくお願い申し上げます。


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何時もの毎年のように無事に過ごせますように。
何時ものように当たり前のことが出来なくなる、何時どうなるかわからない
災害、事故、事件の記事が新聞に掲載されている。


何時ものような日々を笑顔で過ごせることを大切にして


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『大切なものとくらす』
何時もの大切な時間を皆様と
今年もよろしくお願い申し上げます。
又来年もこの言葉が言えますように。



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おおはらえ
本日は一年最後のみそか、大晦日と言いますそして大祓の日
大祓(オオハラエ)とは人々の罪・穢(ケガレ)を祓うもので、6月と12月の晦日に行う神事です。
古事記にも記されている大祓は大奴佐(オホヌサ)を取り「天つ罪」「国つ罪」を祓います

・大奴佐(オホヌサ)、麻(アサ)や木綿(ユウ)などで作った紙に奉るお供え物で罪穢れを祓う、祓串

・天つ罪、国つ罪
生剥(イキハギ)牛や馬の動物の皮を生きたままはぎ取ること
逆剥(サカハギ)獣の皮を尻方からはぐこと
阿離(アナハチ)田のあぜを壊して水を放出すること
溝埋(ミゾウメ)田に引く溝を埋めてしまうこと
屎戸(クソヘ)神聖な場所に汚物をまき散らすこと
上通下通婚(オヤコタハケ)実の親子が肉体上の関係をもつこと
馬婚(ウマタハケ)人と馬が姦淫すること
牛婚(ウシタハケ)人と牛が姦淫すること
鶏婚(トリタハケ)人と鶏が姦淫すること
犬婚(イヌタハケ)人と犬が姦淫すること


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仕事とはいえまだ使える家を取り壊したり、ゴミとして物を捨てたり、
家を建てる為に土を掘りそこに暮らす生き物達の生きる場所を壊してしまったり
これも罪といえば罪なのでしょうか
一年の仕事の終わりに年神様を迎える為に作業場の片付と掃除をするこれも一つの大祓、心を清めているような気がします。
そして正月飾りを飾り新しい年を迎えます。

今年もお客様から色々なお仕事を頂きました。怪我も事故もなく小さなアクシデントはありましたがおかげさまで無事に一年の締めの日を迎えられました。
仕事納めの日には職人達が家に帰る背中を笑顔で見送りました。

来年も良いご縁に恵まれて一年を過ごせますように。


冬に咲く花
日本は春夏秋冬四季折々の花をめでる事が出来ます。

現場の道端に咲いていたスイセン、
ヒガンバナ科の花で冬の寒い時期に可憐な花を咲かせるのでよく家庭のお庭でも見かけます。漢字では『水仙』と書きます。

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スイセンはギリシャ神話にも出てきます。
ナルキッソスはさまざまな相手から好意をもたれたが高慢にはねつけて恨みを買います。そんな彼への呪いを聞き入れた女神ネメシスにより水鏡映った自分自身に恋してしまった。水面の中の像は彼の想いに決して答える事はなく彼は憔悴して死んでしまうのですその後にはスイセンがうつむきがちに咲いていた。
ナルシシズムという言葉の語源であるギリシャ神話のナルキッソスの話です。
スイセンの花言葉は『うぬぼれ、自己愛』です。

スイセンには有害植物で、アルカロイド類とシュウ酸カルシュウムという毒が植物全体に含まれています。
時々鱗茎が食用の浅葱やニラとよく似ている為家庭菜園などで、間違えて収穫され食卓にのぼりそれを食べて食中毒を起こしたというニュースが聞かれます。

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冬に咲く木としては椿を良く思い出しますが、ビワの花も寒い冬に咲き始めます。
ビワはバラ科の常緑樹で小さな白い花が実を寄せ合って寒い冬の風に耐えるように咲いています。
初夏には黄橙色の実を付け美味しい果物として店先に並び、漢字で『枇杷』と書きます。

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ビワにはシアン化合物が含まれる場合があるので未熟な実や種子は食べないほうがいいでしょう。
2017年に農林水産省による「シアン化合物を含有する食品」の一覧に加えられています。
店先に並んでいるビワは検査し出荷しているのでその辺は大丈夫だと思いますが、ビワの種を粉末にした食品からもシアン化合物が検出されているので果肉は食べても種は食べないようにして下さい。
ビワの花言葉は『治癒、温和』などです。

可憐な花を付ける植物にはその中に毒を持っているものも多くあります。
植物がもつ毒は人体には有害ですが、時にはその毒が人体に有効な薬となることもあるようです。

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人がコミュニケーションを図る時言葉を用います、あれこれと思いを巡らせ発した言葉が思わぬ方向へと進んでしまう事も…。
同じ言葉を言ってもその人の在り方では時と場合により人の心に薬となる時もあれば毒となる時もあるのでしょう。
ほんのちょっとした言葉の綾、言葉のズレ、人は微妙なさじ加減で生きているのかもしれません。






思いは重い
貴方が大切に思っているいるもの
たとえばブランドの付いた服・バッグ・靴
お気に入りのカトラリー、思い出の詰まった置物etc・・・
けれど必要のない人にとっては、価値のなもの
リサイクルショップで売買さようならならまだしも、
行く先は廃棄処分される物体でしかないものも。

時には「探していたのありがとう」感謝されて貴方が必要としないものを頂いて持ち帰る方も入らっしゃるようですが、万が一にもない事です。
多くの方が『貴方の必要のないものは他の人も必要のないもの』と考えるのが賢明です。
もったいないからどうしてもとお考えの方はお近くのリサイクルショップに相談してみて下さい。

自分が思い入れのあるものは、自分が思うほど自分ではない人にとっては思いはそれほど無いし必要は無いのです。それが家族であっても同様なのです。

私は片付が大の苦手で、どの部屋にも必要なものと不必要なものが混在しています。
特に机の上や周辺は整理整頓が苦手なために、コピー用紙やぺん、パソコン関連の小物あらゆるものがごった返しています。
お手上げです、片付けられない自分に呆れつつ、時々壊れ物だけをよけると全部目の前からきえてしまえと、机の下にドサッと落とし床にしゃがみこんで仕分けを始めます。

他の人からみるとアホらしい事をしてる、毎日毎日仕分けして整理整頓するか全部捨ててしまえばいいのにと思われるかもしれません。
貴方には全部必要のないものでしかないのです。でも私にとって必要なものもあるんです。
片付ける時間が無い、何時か使うから置いておきたい、捨てるのがもったいない、元の位置にもどすのがめんどくさい…。
何時も心が出来ない理由を探し、とりあえず目に見える所に置いて無残な結果となっています。


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『片付は片を付ける事』
何故できないのか、もの触れた時にジャッジメントが出来ないからです。
ジャッジメントつまり決断、判断
片を付けるとは、決着をつけるケリをつけるとも解釈されます。

ジャッジメントをして片をつけてケリを付ければいいのです。
ではその判断基準は?
その人の思いです、人にはそれぞれ考えがあり思いがあるのです。
ものに対する思いはそれぞれ違うのです。

片付をする手っ取り早い方法は思いを軽くすることだではないでしょうか
『思いは重い』 貴方のものへの思いは重いのです。
どんなに言葉を並べ立てて思いを伝えようとしても、顔も名前も生きてきた環境も違うのですから思いはなかなか通じません。
家にあるものに対する思いは誰しも違うのです。

ものに必要か不必要かだけではない思いの付加価値を少し軽くして、捨てるとい言葉に罪悪感を持たず『もったいない』という言葉は、家にあるものに心を囚われ続ける時間がもったいない、そのものが存在する空間がもったいないと心を置き換えて、思いは軽くクローゼットや押入の奥にしまい込んでいるものを毎日一つづつ消化して家の中も軽くしていきませんか。

そんな決断を下せない私は片付は片を付ける事』と言う言葉を教えて下さった方の元で片付の秘訣の心の持ちようを勉強中です。







文化
人が生きる上でやらなければならないこと
呼吸をすること、飲食を取ること、排泄をおこなうことは人の本能によるものです。
そこから少しずつ人は学習し進化していくと文化が生まれるのです。

『文化とは、動物の行動はもっぱら遺伝と本能によって支えられているが、人間は、遺伝と本能に加えて、経験と模倣、および言語を通して、集団の一員としての思考、感情、行動を仲間から学習(習得)し、獲得したものを同世代、後世代の人々に伝達する。こうして集団の一員として学習、伝達されるものが、一つのセットとして統合性をもつ総体を文化と定義できる。』
日本大百科全書より


11月3日は文化の日、地域でもサークルや勉強会などの発表会が行われています。
福岡県遠賀町の中央公民館で『遠賀町文化祭』があり、知人の方に誘われて『小笠原流煎茶会』の御煎茶の会にお伺いいたしました。


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御煎茶の会は立礼なので、テーブルと椅子で御点前を致します。
部屋には生け花や掛け軸など設えてあり、日頃から精進されているからか、背筋を伸ばし指の先まで張り詰めたような緊張感とそれでいて何処か心が温まるような優雅さと美しさを堪能しながら、湯飲み茶わんに注がれた御煎茶を頂きました。


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お茶と言えば茶道、茶道と言えばお抹茶を茶筅で点てるシーンをを思いがちですが、その中には煎茶道と言われる分野があり急須に茶葉を入れお客様をもてなす、その一連の礼儀作法を師匠から弟子にそしてその弟子にと伝えています。
けれど最近では教える方も教わる方も少ないとよく耳にします。


日本の住文化の担い手である職人も同様なのです。
高齢化と人口減少、賃金価格など様々な問題があり年々減少しています。
職人がいなくなると日本の住文化は成り立っていかなくなります。
その為に私達企業も職人育成をしなければならないと思います。


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本来和室で御点前をいたしますが公民館の会議室で行われた茶会の席には床の間はありませんので小さなテールブルに白いクロスを敷き掛け軸と床飾りを設えてあります。

炉にのせられた湯沸かしから出る湯気、湯飲みに注がれるお茶の香り、畳を歩く衣擦れの音、床の間に飾られた掛け軸生け花などはをめでながら一杯のお茶が味わえる優美な煎茶道と、畳の部屋のある住まいは次の世代に受け継いで欲しい日本の文化です。