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建築の覚書や豆知識、日々の事柄を書いています。
蒲の穂

川の土出沿いの道を歩いていると、河川にガマの穂を見つけました。

ガマ科のガマ属の多年草の抽水草の抽水植物

材料を竹の棒に筒状に巻いて作った。その形が蒲の穂ににているから「蒲鉾」とよばれ、板付きの蒲鉾が登場してからは竹の棒に巻いて作られたものは「竹輪蒲鉾」と呼び分けていたが、

竹輪蒲鉾は蒲鉾が外れ「ちくわ」、板蒲鉾は板が外れ「蒲鉾」、と呼ばれています。


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蒲の穂は古事記の因幡の白兎にも出てきます

大国主命が袋を持ち稲葉の国を歩いていると

あか肌の兎が伏せって痛みに泣いていた。

なぜ泣いているのか兎に聞いてみると

隠岐の島からこの地に渡ろうとしたが手段がないのでワニザメを欺き

「あなた達と私たち比べてどちらが多いかあなた達の背中に乗って数えてあげましょう」と誘い、数を数えるふりをしながら渡り、地に下りようとした時、思わず「お前たちは騙されたのだ」と言うと最後にワニザメは私を捕らえ、私の毛をすっかりと毛をはいでしまった。

八十神に「海水を浴び、強い風と日光にあたって横になっていると良い」と教えられた通に伏せているが傷もひどくなり痛み増し苦しんでいると。

大国主命は「今すぐ水で体を洗いガマの穂をとってまき散らしそのうえで転がって花粉をつければ元に戻り癒えるだろう」と教えた。

兎は大国主命の言われた通りにすると体は回復した。

 

この話に出てくるのはガマの穂である、ガマの穂は雌花は結実後は綿クズ(穂綿)のような冠毛を持つ果実となります。

蒲の穂を乾燥させて蚊取り線香の代用にし、傷薬にしたり、火打石で火を付け穂綿をほちくとして使用していた時代もあったようです。

ほちくとは火を最初に着火させるために用いる燃えやすい燃料です。


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昔は自然にあるものを工夫して生活していたんですね。

これも一つの生活の知恵、地産地消なのかもしれません

 

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ご挨拶
県道に沿うように流れる祇園川、創業明治32年村岡総本舗の通りには鳥居がありくぐると祇園川に出ますその川に架かる橋は神社の参道です。


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佐賀県小城市城山に鎮座する『須佐神社』

社伝では延暦22年(803年)に創建され、鎌倉時代に千葉氏が下総国から元寇の際九州護衛の為に下向のさい京都祇園社(現、八坂神社)より御分霊を勧請し「祇園社」となりました。ご祭神は健速須佐之男大神と櫛稲田姫大神です。

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戦国期天文15年(1546)の合戦で城や城下町も焼けてしまい、千葉氏から変わって竜造寺氏がこの地を納め社地・社領を寄進し、鍋島氏が天正18年(1590)に神殿を、翌年拝殿を再建致しました。
明治9年に『祇園社』から『須賀神社』と改称し、旧制度では県社(旧制度の神社の社格の一つ、県から奉幣した神社、明治4年に始まり第二次世界大戦後廃止)となりました。

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橋を渡ると社務所と手水舎があります。
手水舎の横には小川があり祇園川の水が流れ込んでいます。
その小川には手洗い場あり、そこでも手を洗い心身を清めることが出来ます。

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手水舎のそばにある鳥居から小高い山の上に続く急峻な山肌を一直線に上る153段の石段を上がった所に社殿があります。

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境内からは小城の街が一望できます。
神社の祭りである山車曳は『見事みるには博多の祇園、人間見るには小城の祇園』
と称される程の賑わいを見せていたそうです。

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日本は古来より『八百万の神』と言われ多種多様な神様が存在し神事が行われています。
家を建てる時にも、地鎮祭や竣工式、上棟式で神に祝詞をあげ車を購入すると交通安全祈願のお祓いをし、初詣や厄落としのお祓いなど。
改築や増築でも安全祈願際を行う場合もあります。

仕事をさせて頂くということは生きる糧を得ることです。
人は糧が無ければ生きてはいけません、その糧の一部を工事をおこなう地域の氏神様や土地神様にお返しするという気持ちで地域の神社に工事着工前にお伺いしご挨拶をさせて頂くことがあります。

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神様にご挨拶をすることでその地域でも良いご縁が繋がりますように、工事をした家で暮らすお客様にも多くの良いご縁と幸せが続きますようにと心から願っております。








お茶を頂きながら
お年を召したお客様よりヘルプの電話
サッシの鍵がかからないので何とかしてほしいとのこと
早速お伺いをしてカチャカチャ道具で修理、鍵が閉められるようになりました。
次にかからなくなったら交換し方が良いですと伝え
修理を終えてお茶を頂きながらのお話です。

「私、県外の田舎に親の残した家と土地があるんです。
暮らしていた両親とも亡くなって残った家土地を兄弟達と相続はしたものの
私も兄弟達も別々に家を建てて暮らしています。
今更田舎の家には暮らせません、空き家になった田舎の家と土地を手離そうと思って、近くの不動産屋さんに相談に乗ってもらおうとしたんですが
『この土地には赤線がありますから…』と言われました
その時は他にも色々と話をしたので気にも留めていなかったんですが
そのあと気になって、気になって、今更その不動産屋さんに聞くこともできないしどうしたら」

「赤線??」

「赤線って何ですか?何か土地に不都合な事があって売買が出来ないのでしょうか
もしそうなったら、80歳近い私が頻繁に田舎に行けないし、
私の子供達も田舎の家も土地も要らないし、それどころか今私が住んでいる家も土地も要らないなんて言うんです。私の家も空き家になるかもしれないんです。
田舎の家の近所に暮す親戚も年寄りばかりで、自分の家土地を管理するのが手いっぱいでもう他の家も土地もいらんよ、と言っています。
私の夫も亡くなって一人暮らしの年金生活ですから田舎の家や土地の税金も馬鹿にできません。
田舎の家の草刈・掃除にも行かなきゃいけないし、もし家と土地が売れない所だったら…」
と沈みがちの表情を浮かべ心配をされていました。



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さて、この不動産屋さんの言われた赤線とは一体なんでしょうか
『赤線とは、一般的には里道(りどう)と呼ばれるもので赤道(あかみち)とも呼ばれます。
里道とは道路法上の道路に認定されていない道路、つまり「法定外道路」のうち、公図に赤い帯状の線で表示されていたものを指し、地番の記載がなく、登記もないということです』

ではこの家・土地は売買できないのでしょうか
「赤線が土地の中にあるだけで手放すことは出来ると思いますが、登記変更時に時間と手間が掛るのではなかと思います。
それから現在建っている家を壊すと新築の家が建てられない再建築不可能な土地である場合があるのでそれは調べてみないと解りません。
これは一般的な話ですが再建築不可能な土地である場合は売買価格に影響するかもしれないし、売れにくい家や土地になる可能性はあります」
という事を調べてお客様にお伝えいたしましたところ少しだけ安心しましたと言われました。


色々な職種のプロの方はお客様に対してもつい職業言葉を使いがちですが
お客様にはその言葉の意味を知らない方がほとんどです。
言葉を聞いてプロの方が思う以上に心配をされる事があります。ましてや年配の方となるとスマホやパソコンを使いネットで検索するのも容易な事ではありません。
お客様に相対する時プロである自覚は必要ですが、お客様の目線になり話をすることも大切なことだと感じたお話でした。













京都のお茶
『明智光秀』
NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公

安土桃山時代を生き抜いた戦国武将です。
その明智光秀の名前が付いたお茶を頂きました。
山城国、丹波国、丹後国のブレンド茶


明智光秀は織田信長に重臣として重用されたが京都本能寺にて信長を討ち果たし、その後天王山にて豊臣秀吉に敗れ落ち延びる途中で落ち武者狩りにあい命を落としたとされています。
天王山は京都府乙訓郡大山崎町にある山
スポーツなどで勝負や運命の分かれ目の意味で天王山といわることがあります。
ここでの戦いで勝利した秀吉は天下握ることになったからでしょう。

もしもあの時、明智光秀が織田信長の家臣でなければ
もしもあの時、本能寺で織田信長が勝利していれば
もしもあの時、天王山で豊臣秀吉が敗北していれば
もしも、もしも…
人生や歴史に『もしも』はありません

その後歴史の裏側では色々な噂がある明智光秀ですが日本の歴史の一部を飾った人物であることには違いないと思います。
室町幕府のあと各地にいる武将が虎視眈々と中央を目指した時代に、庶民の暮らしはどうだったんだろうか、多くの人が城持ち大名になりたいと走っていたのだろうかと


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家を建てる時『一国一城の主』となると言う方もいます
日本の住宅事情は海外の人から『うさぎ小屋』と揶揄されることも
けれど小さくても家を持つ時は大きな決断をするのです。

城持ち大名になれずとも一国一城(家)の主となれますように、
その城が暮らす人の最高のパートナーになりますように、
もしもあの時、もしもこうしていたら、もしも、もしもが口癖にならないように、
その家で大切な家族と共に人生を謳歌し過ごせますように

明智光秀のお茶を頂きながらフッとそんなことを考えました。


節分
鬼は外福は内
今年もそんな声を聞く季節となりました。
今年の節分は2月2日、1897年(明治30年)以来124年ぶり
1984年2月4日で37年ぶりに3日ではない節分となるそうです。

地球が太陽の周りを回るのは365日と6時間弱かかるそうなのです
このために4年に一度うるう年を設け調整するのだそうです。
その時間の調整の為立春が早くなったり遅くなったりと動くからその前日である節分が動くだそうです。



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昨年、新型コロナウイルス感染症の蔓延がなければ4年に一度、
56年ぶりの東京でのオリンピックが開催されるはずでした
今年に延期されましたが、開催されるかどうかも厳しい事態です。



鬼は外
福は内
このようなご時世の中大きな声を上げて豆をまくことは出来ませんが

心の中で大声をあげて、
鬼は外
コロナウイルス退散!!
福は内
と言いたくなります。


鬼と共にコロナウィルスが世界中からこの地球から退散してくれることを願いながら、
年の数だけ豆を食べようと思っています。